「カフェインは劇薬であり、命にかかわるほど危険なもの!」
こんなことを言われれば、今コーヒー・ブレイク真っ最中のあなたは、ぎょっとしてしまいますよね。
カフェインといえば、コーヒー、紅茶、エナジードリンク等に含まれているとても身近なもの。リラックス効果、あるいは眠気覚ましなどに毎日飲んでいる人も多いでしょう。
実は今回問題視しているのは、粉末状カフェインです。
二人の若者の粉末カフェイン過剰摂取による死亡事故が、相次いでアメリカで明らかになっています。純粋なカフェインは少量で過剰摂取に至る危険性があると、FDAは消費者に粉末状カフェインの購入をさけるよう警告しています。(1)
なぜ、このような事故がおきたのでしょうか。粉末状カフェインはどれほど危険な物なのか、事故の原因とその後の影響をとりあげていきましょう。
粉末状カフェインは少量で命とりになる
カフェインは中枢神経を興奮させ、覚醒作用をもたらします。コーヒーノキやチャノキ、カカオなどの植物に天然に含まれていますが、人工的に炭酸飲料やエナジードリンクに添加物としても含まれています。
ちなみに誤解のないように前置きしますが、問題視されている粉末状カフェインは、コーヒー豆を挽いたコーヒーの粉やインスタントコーヒーとは別物です。
粉末状カフェインとはカフェインの成分のみを脱水して抽出したもの、無水カフェインのことです。結晶化された白い粉で、粉末や錠剤の形状でみられます。
粉末状のカフェインは、コーヒーなどのカフェイン飲料にくらべてはるかに強力で、少量で容易に致死量にいたるため極めて危険である、とFDAは警告しています。( FDAとはFood and Drug Administrationの略、アメリカ食品医薬品局のことで、食品や医薬品などの消費者の製品に対して許可や取り締まりをする行政機関です。)
カフェインは過剰摂取すると、動悸、めまい、吐き気、下痢、などのさまざまなカフェイン中毒の症状をもたらし、場合によっては死にもいたります。
2014年5月に死亡したオハイオ州のローガン・スタイナーさん(18)は心臓不整脈と発作で、2014年6月に死亡したジョージア州のジェームズ・スウェットさん(24)は昏睡状態に陥り、いずれもカフェインの過剰摂取事故により亡くなりました。
問題になっている100%純粋な粉末状カフェインは少量でとても強力で、たったティースプーン1杯で、コーヒー28杯分(2.7gのカフェイン含有量)ほどのカフェインが含まれているのです。
ティースプーン2杯の粉末状カフェインは、まさに致死量となります。
ティースプーンは日本の小さじに相当します。たとえばコーヒーに砂糖をいれるような感覚でこの粉末状カフェインを摂取してしまうと、とうぜん死にいたる危険があるのです。
製品によってはカフェインの含有量も違い、ティースプーン1杯で5gほどのカフェインがはいっているものもあります。
5gのカフェインとはいったいどのくらい?と少し想像がつきにくいですね。淹れ方や豆によっても変わりますが、コーヒー1杯は約70−130mgのカフェインを含んでいます。
ということはティースプーン1杯の粉末状カフェインは、なんとコーヒー40−70杯相当のカフェイン量ということになります。
では、カフェインの推奨摂取量はどのくらいなのかというと、1日あたり400mg(約コーヒー3−4杯分)まで、一度の摂取は200mgまでです。
いかに、粉末状カフェインが少量で強力なのかがおわかりいただけたでしょうか。
粉末状カフェインは正確な計量が困難
なぜ、このような過剰摂取による事故がおきたのか、という背景には粉末状カフェインの適切量は、一般家庭で正確に計るのが実に難しいという事実です。
購入時には計量スプーンなるものは特についてはいません。表示の大小はさておき、製品の用量、用法がパッケージに記載されています。
一般的な純粋な粉末カフェインは、一度の安全摂取量は50−200mg、一度の摂取量は200mgまで、1日の摂取量は600mgまでと。
この安全摂取量はティースプーン64分の1から16分の1に相当します。注意書きには書かれていても、実際、家庭で正確にこの量をはかれる計量機器はそう簡単にはありません。
通常の秤はグラム単位のもので、ミリグラム単位を正確にはかれるものは、一般家庭ではまず見当たらないでしょう。
結局手近にあるティースプーンで計るわけですが、スプーンに6%の粉を正確にいれるというのは、土台無理な事です。コーヒーに砂糖をいれるような感覚で適当な量を摂取してしまいがちです。
粉末状カフェインは小さな袋で100gから、大きいサイズであれば25キロ入りもあります。このような大袋入りのカフェインの粉をみて、正しい量をはかれるという消費者のほうがむしろ貴重な存在でしょう。
カフェイン自体は違法薬物ではありません。粉末状カフェインがなくとも、同等量のカフェインを、コーヒーやエナジードリンクで摂取することも実質可能です。
ティースプーン1杯分の粉末状カフェインと同じ刺激がほしければ、コーヒーを40杯から70杯飲めばいいわけです。
しかし、実際それは一度に飲みきれる量ではないですし、そのまえに吐き気や、動悸、頭痛などの症状がでてくるはずなので、とても達成できる量ではないでしょう。なにより異変に気がつき制御がはたらきます。
粉末カフェインのおそろしいのはそこなのです。なにせ、たったスプーン1杯で、致死量におよぶかもしれない量を、いとも簡単にとることができるのです。
安くて手軽な粉末状カフェインは若者たちの間で人気
一歩間違えばとんでもない事故をまねきかねない粉末状カフェインですが、若者たちにとっては魅力的な刺激剤です。なぜ、粉末状カフェインがこうも人気なのでしょうか。
第1の理由は簡単に手に入るからです。 今回死亡事故が確認された二人の若者はいずれも、インターネットで粉末状カフェインを購入していました。
2014年5月に死亡したオハイオ州のローガン・スタイナーさんは、18歳の高校生です。18歳以上であれば親にも知られず、手軽に買える代物だったのです。
第2の理由はその低価格です。コーヒーやエナジードリンクを買うのと比較すると、粉末状カフェインは安価なのです。
例えばある大手の販売店では、500gの粉末状カフェインを約$30で販売していました。これはコーヒー3800−7000杯のカフェイン量に相当します。
$30ではせいぜい約15杯の安いコーヒーしか買えません。となるとどれだけ、お買い得なのかわかります。
第3の理由は、炭酸飲料やエナジードリンクのように糖分がはいってないので、余計な糖分をとりたくないダイエット嗜好のひとに向いているのです。
2014年6月に死亡したジョージア州のジェームズ・スウェットさんが粉末状カフェインに手を出したのは、糖分等の余分な物質を含まない利便性を好んだからであり、彼は粉末を水に溶かして炭酸飲料がわりに飲んでいたといわれています。
健康補助食品の落とし穴!使用の判断は消費者まかせ
そもそも、少量で致死量にいたるものが、このように簡単に大量買いできる状況であったのはなぜなのでしょう。
粉末状カフェインは、健康補助食品なので、医薬品のような安全性や有効性の審査は販売事前に必要としないのです。よって製品を売るのにFDAの規制などがはいりにくく、危険かどうかの判断は消費者にゆだねられることになります。
もちろん、表示不備、危険性などが発見された際には規制の対象となりますが、事故が起こってからの対処では、消費者に被害がおよんでしまうという事態にいたります。
今回の事故をきっかけに FDAは消費者に粉末状カフェインの購入をさけるよう呼びかけ、さらに 大手5社の粉末状カフェインの製造業者へ、純粋の粉末カフェインの危険性を指摘し、直ちに改善の対処をしないと法的手段による押収も辞さないという警告書を送りました。(2)
FDAの警告をうけ、これらの粉末カフェイン販売業者は100%純粋の粉末状カフェインの販売を停止し、カプセルものや10%のブレンドもののみを販売するよう改善した製造者もあります。
事故を防げる賢い消費者になるために
カフェインだけではなく、世の中には身近なところに劇薬があります。塩素系洗剤や防水スプレー、食品保存剤など、家庭にある便利な物でも使い方を誤ると、大きな事故に発展する恐れがあります。
販売者には、製品の用法や用量の情報を明確に消費者に伝えること、また事故の可能性を想定し、安全性を配慮した製品を消費者に販売することが求められます。
そして消費者には製品情報を正しく理解して使用する事が求められます。また、商品が安全なのか、購入に値するものなのか、という判断力をもって製品選びをすることも大切です。
ものに対する消費者の価値観や判断は時代とともに変化しつつあります。
タバコなどが良い例です。もはや「百害あって一利なし」の代名詞となっているタバコ、その主成分であるニコチンは、毒物指定になっています。価格は上昇し消費者にとっては以前より贅沢な嗜好品となったものの、年齢認証さえすれば 市場で簡単に手に入ります。
しかし、かつては「カッコいい」「渋い」というイメージであったタバコも、近年は喫煙による健康への悪影響、 受動喫煙で他人までまきこんでしまう迷惑性、煙による環境公害などの悪評価が広まり、逆に「カッコわるい」イメージが定着しつつあり、喫煙者の形見もかなりせまくなってきました。
また、昔から西洋の主食であったパンでさえ、近年、小麦に含まれるグルテンが健康を阻害する存在であると注目されてからは、パン離れする健康志向派が増えています。
いずれカフェインも時代の変化とともに、多数の消費者が摂取をひかえるようになる時がくるのでしょうか。
もっとも、カフェインは過剰摂取によるリスクはありますが、適量摂取によって得る効果は多いにあるので、今のコーヒーやお茶の人気を考えると可能性は低そうです。